INDEX BACK
創世記 上
 神様は一番最初に三人のヒトをお造りになられた。
 世界には君と僕と彼女の三人ぽっち。僕は、この何も無い、この、何もかもが透き通った世界が大好き。ずっとこのまんまが良い。
 世界には彼と俺と彼女の三人ぽっち。俺は、この何も無い、この、何もかもが透き通った世界にいると不安になる。何とかなれば良いのに。
 世界には彼とあいつと私の三人ぽっち。私は、この何も無い、この、何もかもが透き通った世界が大嫌い。早く何とかしないと。そうして私は何とか出来る。私には何とか出来る力がある。
 俺は彼女と交わった。それは、甘美な出来事。生まれて来て、今までで体験した事の中で一番。とても、安らかな、とても、満ち足りた気持ち。
 私は彼と交わった。それは、とっても素敵な出来事。生まれて来て、今まで体験した事の中では一番。とても、素敵な素敵な素敵な気持ち。
 彼と彼女が僕に秘密で交わった。それはとても絶望的な出来事。生まれて来て、今まで味わった事の無い寂しい、悲しい、情けない、嫌な言葉をどれだけ沢山並べてみても表現する事が全く不可能な程、最低な気持ち。
 世界にはどんどん色彩が溢れて来る。溢れて来る。溢れて来る。彼女はまず、海を産み落とした。そうして次に大地。次は空。雲。風。虹。太陽。いちいち覚えていられない位沢山の子供達を産み落とした。そう、彼と彼女は毎日のように交わった。どんどん嫌な気持ちになっていく。僕は毎日絶望的。
 彼女はどんどん俺の子供達を産み落とす。愛しい我が子達。美しい我が子達。子供達の成長を見ているのが何よりも幸せ。
 僕は彼が好きだった。彼女なんかよりもずっと。あの女が憎らしい。心底、憎らしい。あんな醜いものを沢山産み落として彼の気を引くあの態度が許せない。でも彼は彼女をとても大事にしている。彼は彼女を愛している。彼は彼女と一緒にいる時が一番幸せ。僕は毎日絶望的。
 彼女と一緒に過ごすようになってから、彼の姿を見る事が極端に少なくなった。とても心配。最後に見たのはいつの頃だったか。思い出せない位昔の出来事。元気が無さそうだった。とても。心配になって。声を掛けてみたのだけれど彼はにっこりと微笑んで何でも無いよ。と笑って答えた。
 彼と過ごすようになってから、あいつの姿を見る事が極端に少なくなった。ざまあみろ。彼と私とで、この世界は上手に回りはじめた。沢山子供達も増えた。はっきり言って、あいつは何の役に立っていない、私と違って何の力も無いくせに。あいつはこの世界では全くの邪魔者。何故、存在しているの?彼と私と二人だけで世界を問題無く完璧に回す事が出来るのに。最後に見たのはいつだったか。思い出せない位昔の事。元気が無さそうだった。と彼から聞いた。とても、とても良い気味。一度だけ、声を掛けてみたのだけれどあいつはにっこり微笑んで何でも無いよ。と強がっていた。馬鹿みたいに。

「そろそろ私達だけじゃあ寂しいと思わない? 私達と同じカタチをしたモノ達を作らない?」
 心底、驚いた。彼女がそんな恐ろしい事を言い出すだなんて。俺は今のまんまで充分幸せ。幸せ過ぎる位幸せ。愛しい我が子達。美しい我が子達。これ以上を望むだなんて。
 葉の大きな木の下に彼はいた。随分探してようやく見つける事が出来た。葉の大きな木は彼女との何人目の子だったか。力強い良い子。立派な成長振りに思わず笑みが漏れる。それを察してか、風も無いのに葉がバサバサ揺れる。彼は木陰で横になって居眠りをしていた。最後に見かけた時よりも随分痩せこけている。元々細かったのだけれど。しばらくどうしたものかと立ち尽くす。何と無く声をかけ辛い。何と無く気まずい。以前はこんな事無かったのに何故?
「何か用?」
 寝転んだまんま、こちらを振り向かないまんま彼の声。気付いていたのか。更に気まずい。
「彼女の事で、相談があるんだ。彼女は俺達と同じカタチをしたモノ達を作らないかと言うんだ。本当に、困っているんだ」
「それならば、一番最初に作った海の中に住む生き物がまだいないよ。それからにしよう。そう答えれば良いよ」
 寝転んだまんま、こちらを振り向かないまんま彼の声。どうしてこちらを振り向いてくれないのか。そのまんま立ち去る事にした。

 そうして海には生き物達が沢山。俺と彼女の愛しい子供達。美しい我が子達。
 「そろそろ私達だけじゃあ寂しいと思わない? 私達と同じカタチをしたモノ達を作らない?」
 心底、驚いた。彼女が又してもそんな恐ろしい事を言い出すだなんて。俺は今のまんまで充分幸せ。幸せ過ぎる位幸せ。愛しい我が子達。美しい我が子達。これ以上を望むだなんて。彼女は一体何が不満なのだろう。俺には全く理解が出来ない。
 矢張り以前と同じ場所、葉の大きな木の下に彼はいた。最後に見かけた時よりも更に痩せこけている。やっぱり、何と無く声をかけ辛い。何と無く気まずい。本当に、前はこんな事無かったのに何故? 初めと一体何かが変わってしまったのだろうか。一体何が変わってしまったのだろうか。
「何か用?」
「海には俺と彼女の子供達で一杯だ。彼女は又、俺達と同じカタチをしたモノ達を作らないか。と言うんだ。本当に、困っているんだ」
 前と同じように寝転んだまんま、こちらを振り向かないまんま彼の声。どうしてこちらを振り向いてくれないのか。それは何となく聞いてはいけないような気がする。だから、そのまんま立ち去る事にした。
 そうして彼女からの要求がある度に彼の所へ相談に行った。海にも大地にも空にも俺と彼女の子供達が沢山。愛しい我が子達。美しい我が子達。子供達の成長を見ているのが何よりも幸せ。
 どうして彼は私達と同じカタチをしたモノ達と作るのを嫌がるのか。今まで作った子供達よりもきっと愛しい子供になる。きっと美しい子供になる。世界はもっと美しくなる。もしかしてあいつが邪魔をしているのじゃあ無いのか。
 僕はこの木の下にいるのが大好き。葉が大きくてとても優しい感じ。幹に耳を当てていると水の音がする。とても安らかな気持ちになれる。絶望が少しづつ癒される気持ち。少しずつ、少しずつ、少しずつなのだけれど。
 海にも大地にも空にも醜いモノ達が沢山。僕の大好きだった透明な世界は全く影も形も無くなった。目を閉じて想像するだけ。僕だけの透明で何も無い世界を。
「こんな所にいたのね。私の愛しい子供の下で図々しくも一体何をしているの。私、あなたに言いたい事があるわ。物凄く」

次頁へ

トラベルミン