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宝箱
「もう、三日もお家に帰っていないそうです。皆さんも何か知っている事があったら何でも良いので先生に教えて下さいね。それと今配ったプリントをお家の人に必ず渡して下さいね」
 朝の会。
 プリントにはまだ習っていない難しい漢字が沢山使われていてほとんど読めなかったけど先生が今僕達に言った事と一緒みたいな事が書かれてあった。教室中がざわめく。

 サトル君が学校に来なくなって三日になる。
 
 休み時間。
 クラスの皆はサトル君の話題で持ちきりだ。
「サトル君、一体どうしたんだろうね」
 コウタ君が本気で心配そうにしている。
 あんなにひどい事を一杯されていたのに本当に心配そうにしている。
「本当だね」
 僕は相槌を打つ。 
 コウタ君は僕の一番の友達だ。コウタ君がどう思っているのかは分からないけれど僕の友達の中では一番仲良しだと思っている。
 コウタ君はいつもにこにこ笑っている。どんなに嫌な事があっても。
 
 体育の着替えの時間にたまたまコウタ君のシャツがめくれあがってしまって僕はそれを見てしまった。コウタ君の体は赤や青のアザで一杯だった。僕はとっても痛そうでとってもびっくりしてしまった。僕があんまりじろじろ見ていたものだからコウタ君に気付かれてしまった、
「僕、グズだからよく転んだり物にぶつかったりするんだよね」
 と、照れくさそうににこにこ笑いながら言った。あんまりにもアザが痛そうで辛そうだったから、
「コウタ君、体育に出て大丈夫なの?」
 と、言うと、
「うん。全然痛く無いし、慣れているから大丈夫だよ」
 と、やっぱりにこにこ笑いながら言った。

 コウタ君と僕は帰り道が一緒だ。僕の家の帰り道の途中にコウタ君の家がある。それで仲良くなった。
 いつもコウタ君は一人で帰っていた。たまたま一人で帰っていた僕はたまたま前を歩いていたコウタ君に一緒に帰ろうって声を掛けてみた。それまでは喋った事なんてあんまり無かったんだけれどコウタ君の話はとても面白くて気が合った。それからずっと仲良しだ。 
 家にランドセルを置いて台所のテーブルの上に置いてあるおやつのスナック菓子の袋を手に取って家を飛び出す。
「ユキト、ただいま位、言いなさい」
 いつものようにお母さんの声が追いかけて来る。
「ただいま! 遊びに行って来るね。」
「晩御飯までには帰って来なさいよ」
 僕はコウタ君の家まで自転車を飛ばす。
 コウタ君の家は同じような大きさの小さな家が並んでいる場所の中の一つだ。コウタ君の家の前で自転車を止める。
「コウタ!お前は又…………!」
 いつものようにコウタ君がお父さんに怒鳴られている声が聞こえる。怖い。そうして何か嫌な感じの鈍い音が聞こえる。今日は聞こえないけれど何かが沢山割れる音が聞こえる事もある。コウタ君の家にはお母さんがいないみたいだ。コウタ君の口から直接聞いた事は無いけれど僕は何となくそんな感じがする。

 自転車のベルを二度鳴らす。これが合図だ。
 しばらくするとコウタ君が出て来る。
「ごめんねユキト君。待ったよね?」
 コウタ君が家の横に立て掛けてあるボロボロの自転車を引っ張ってくる。
 前に一度、
「お父さんにあんなに叱られていたけれど、遊びに行って大丈夫なの?」
 と心配になって聞いた事がある。
「大丈夫だよ。お父さん今日は一寸機嫌が悪いだけだから」
 と、にこにこ笑いながら答えた。ほとんど毎日一緒に遊んでいるけれどコウタ君のお父さんが機嫌が良かった事は多分、一度も無い。

「また、あそこ、行こう」
 僕が言う。コウタ君が教えてくれた秘密の場所。
 町外れにある潰れた工場の後。工場の周りはゴミ捨て場になっていて色々な物が捨ててある。ボロボロの車やタイヤや冷蔵庫や何だか訳の分からない物なんかが山積みになっている。
 工場の中も何だか訳の分からない物が沢山あって面白くて格好良くて僕はそこがとても気に入ってしまった。
 もう工場が潰れて何十年もたっているらしいけれどずっとそのまんまなんだそうだってお母さんが言っていた。でも変な噂があって誰も近付かないらしい。先生やお母さんもあそこは危ないから言ったら駄目だって言っていた。前に上級生がここで遊んでいて物凄い大怪我をしたらしくてそれ以来学校の決まりでここへは絶対に近付いたらいけない事になっている。変な噂についてお母さんに一度だけ聞いた事があるけど、誤魔化して教えて貰えなかった。
 僕達は滅多に人や車なんて通らないんだけれど工場の前の道から絶対に見えない場所へ自転車を隠して止める。
 初めてコウタ君にここに案内された時はビックリした。ここには来たらいけない決まりになっているのにまさかここに来るなんて。悪い事をしているようで恐くなったけれど、
「ここ、とっても面白いんだ。」
 にこにこ笑いながら言うコウタ君の言葉を聞いたら僕は何も言えなかった。
 
 錆びたトゲトゲの針金で出来た柵の下を潜り抜けて(最初これがとっても恐かった)広い工場の敷地内に入る。敷地内には大きな鉄の塊や何に使うのか分からない物が沢山積んである。壁の隙間から工場の中へ入る。薄暗くて外と同じように見た事の無い物が沢山。穴の開いた天井から光の筋がのびている。錆びついて色んな形をした大きな機械が沢山並んでいて一寸ホコリっぽい。
「お菓子、持ってきたよ。食べよう」
 一寸段になっている場所に腰掛ける。コウタ君が僕の横に腰掛ける。
「ウン」
 にこにこ笑いながら答える。
 
 サトル君はコウタ君を苛めていた。何をしてもにこにこ笑っている事に気付いたからだ。通りすがりにわざとぶつかったり、コウタ君の机に置いてある物をわざと落としたり靴や体操服を隠したりしていた。それでもコウタ君はにこにこ笑っていた。
 そうして自分がやった悪い事を何でもコウタ君のせいにしていた。
 掃除の時間。僕とコウタ君とサトル君は教室の係だった。教室の係の皆が大きなゴミ箱を焼却炉に持って行ったり、汚れたバケツの水を変えに行ったりしていてたまたま教室には僕とコウタ君とサトル君の三人しかいなかった。サトル君がふざけてホウキを振り回して遊んでいたら、ホウキの先が花瓶に当って床に落ちて割れてしまった。床の上には飾ってあった綺麗な花と中に入っていた水と割れた花瓶の破片がバっと広がる。
 音を聞きつけた廊下掃除の係の皆が教室へと入って来る。
「あー!割れてるー」
 ミサちゃんが言う。
 誰かが先生を呼びに行ったみたいですぐに先生もやって来た。
「誰がやったの?」
 三人とも黙る。
 ずっと黙っていたら、サトル君が、
「コウタ君です!」
 って言った。
「本当なのコウタ君?」
 先生が言う。
 コウタ君が下を向いたまんま黙っている。
「コウタ君?」
 先生が言う。
「割ったんなら謝れば?」
 ミサちゃんが言う。
「そうだよ。謝れよ」
 サトル君が言う。
 僕はサトル君が恐かった。サトル君はとても乱暴者で休み時間いつも喧嘩っぽい遊びばっかりしている。前は僕も良く一緒に遊んでいたけれどサトル君と遊んでも全然楽しく無かった。
「コウタ君?黙っていないで何とか言いなさい」
 先生が言う。
「……ぼ」
「僕が割りました。ごめんなさ。」
 下を向いたまんま小さな声でコウタ君が言う。
「そうなの。悪い事をしたらすぐに謝らないと駄目よ」
 先生が優しく言う。
 コウタ君は何も悪い事なんてしていないのに。
 
 その日の終わりの会で、今日あった事で気付いた事を言う時に、ミサちゃんが、
「悪い事をしたらすぐに謝らないといけないと思います」
 と言った。
「そう思う人は手をあげて下さい」
 クラス全員が手をあげた。サトル君が手をあげている。もちろんコウタ君も。
 僕はサトル君が許せなかった。今までもコウタ君に色々していたけれど今日のは許せなかった。そうしてサトル君にいつも何も言えない僕も許せなかった。

 その日もコウタ君と遊んだ。
「サトル君、自分が割ったのにコウタ君のせいにしてひどいね」
 僕は言った。本当の事を言えなかった僕もひどいのに。
「良いんだよ」
 コウタ君はにこにこ笑いながら言った。
「コウタ君は何があってもいつも笑っているよね」
 何気ない一言のつもりだった。けれど、急にコウタ君は下を向いて泣き出してしまった。僕はコウタ君が泣いている所を初めて見た。
「コウタ君、コウタ君、ごめんね。ごめんね」
 どうして良いか分からず僕コウタ君の背中をさすりながら必死で謝った。コウタ君はずっとずっと泣き続けた。声を出さずに静かに泣き続けた。
 僕はコウタ君をぎゅうと抱きしめた。自分でも何でそんな事をしたのかは分からない。何でそんな事を思ったのかは分からない。だけれど僕はぎゅうとコウタ君を抱きしめたまんまコウタ君のずっと事を守ろう。って思った。

「サトル君。今日遊ばない?」
 僕はサトル君に声を掛けた。コウタ君と毎日遊ぶ前はサトル君達とも良く遊んでいた。
「とっても面白い場所があるんだよ」
「良いよ」
 サトル君が答えた。
「待ち合わせ場所は角のコンビニの前でいいよね?」
「良いよ」
 胸がほんの少しだけドキンと高鳴る。
 
 お小遣いをためて買ったまだクリアしていない人気のゲームもあるんだけれどもう良いんだ。
 待ち合わせ場所にぴかぴかの自転車でサトル君がやって来る。
「こっちだよ」
 工場まで案内する。どうでも良い話をしながら。
「最近、お前、コウタとばっかり一緒にいるけどあんな奴と一緒に遊んで何が面白いの?」
「え、コウタ君?話も面白いし一緒にいてとても楽しいよ」
 僕は腹を立てる。
「ついた」
 僕達は工場の前の道から絶対に見えない場所へ自転車を隠して止める。
「ここって来たらいけないんだぞ」
 サトル君がちょっぴり震えた声で言う。弱気なサトル君を見て一寸笑いそうになってしまった。
「良いから。こっちこっち」
「本当に凄いんだよ」
 錆びたトゲトゲの針金で出来た柵の下を潜り抜けて広い工場の敷地内に入る。
「こっちだよ」
 そこは工場の外にある学校にあるのよりも大きな焼却炉。
「開けてみて」
 僕は言う。
「ウン」
 サトル君が答えて錆びついた焼却炉の扉を開ける。ギギギと嫌な音がする。
「ア!」
 サトル君が声をあげる。
「ゲームやまんがが沢山ある!」
「そうなんだよ。何でだか不思議なんだけど前から時々この中に落ちているんだ。誰かの秘密基地か何かなのかな」
 僕が答える。
「あのゲーム、まだ出たばっかりの奴じゃん。スゲー!」
 サトル君がゲームやまんがを取る為に焼却炉の奥に入る。
「このまんがも出たばっかりの奴じゃん。まだ読んで無い奴だよ。スゲー!」
 サトル君は大喜びだ。良かったね。
 
 僕は静かに扉を閉じる。
 工場の中で拾ってきて地面に沢山置いておいた錆びた針金で扉をグルグル巻きにする。針金は工場の床に沢山沢山落ちていた。拾ってきた分を全部巻き付ける。ぐるぐるぐるぐるぐる。ぐるぐるぐるぐるぐる。
 扉はとっても分厚くて中からは何も聞こえ無い。もしかして聞こえたのかも知れなかったけれど僕には聞こえなかった。ぐるぐるぐるぐるぐる。ぐるぐるぐるぐるぐる。
 
 サトル君のぴかぴか自転車はバラバラにして工場の外に捨ててある色々な車のトランクや冷蔵庫の中へ積めこんだ。そうしてその場を離れた。

 サトル君が学校に来なくなって一ヵ月になる。
 家族が警察に捜索願を出したって先生が言っていた。
 毎週月曜日の朝にある集会で校長先生もサトル君の事を言っていた。

 あれからもう何年もたった。僕は住んでいた町から遠く離れた場所へ引っ越した。工場は相変わらずあのまんまらしい。
 コウタ君と僕は一緒のアパートに住んでいる。そうしてアルバイトをしながら二人で同じ大学へ通っている。
「ただいま」
 コウタ君否、コウタがアルバイトから帰ってきた。
「おかえり。今日はコウタが好きなカレーライスを作ったよ。にんじんを沢山入れておいた」
「エ。本当?」
 コウタがにこにこ笑う。子供の頃みたいな嘘の笑顔じゃあ無くて本心からの笑顔。
 僕はコウタを抱きしめる。コウタは真っ赤になる。でもとても嬉しそうな顔をして遠慮がちに抱きしめ返して来る。僕はそれがとても嬉しくてもっと強く抱きしめる。
「有難う」
 コウタが小さな声で言う。

 僕はその言葉だけで幸せな気持ちになれる。とてもとても幸せな気持になれる。

 僕達が高校生の時にコウタの父親が失踪した。前からあんな人だったから。と誰からも心配されなかった。そうして誰からも失踪届も出されなかった。

 コウタの父親が今どこにいるのかは僕だけが知っている。

トラベルミン