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目玉屋家業
 私は目玉屋。この街では小さい方の目玉屋だ。
 少女の目を瓶に詰めて売っている。
 少女の目は世界。世界は少女の目。少女の目を覗くと世界が見える。一つ一つに全く違う世界。世界。世界。
「オオオ……奥さんから電話ですスよ」
 助手のサダオカ君の声で我に返る。
 私は妻を愛している。だけれど妻はサナギになると言い張る。今のまんまで良いじゃあ無いかと説得してはみるものの、彼女の一番の友達のノブヨさんがサナギになってからというもの、サナギになると言って聞かない。ノブヨさんはイノチノキになった。前から子供が大好きだったノブヨさん。明るくて、良く笑う人だった。女は変わろうと思ったらサナギになって生まれ変わる事が出来る。私は不変なモノが大好き。他の大多数の少女と違って出会った頃は絶対にサナギになんかならないと言っていたのに。そこに惚れて結婚をしたのに。何だか裏切られた気分だ。特に目的も無くサナギになっても仕方が無いのに。
「アの。奥さんから、の、デンワ……」
 サダオカ君が困っている。仕方なく受話器を受け取る。溜息を付く私を見てサダオカ君が困っている。いつもの答えの出ない問答。君は今のまんまで充分素晴しい。変わらないでくれ。あなたはそうやって私を縛り付けるのよ。もう絶えられない。……。暗記してしまったよ。不変なモノが好きな私だけれど何故だかこの問答は嫌いだ。
 サダオカ君は昔どうしようも無い屑で悪い事も散々やったらしい。(これは彼を引き取る時に警察に聞いた話だ。詳細は別にどうでも良いので詳しく聞かなかった)交通事故で頭の中身をぶちまけて部品をいくつか無くしてしまった。記憶が飛んでしまった。身体は綺麗に元に戻ったのだけれど頭の中身は欠けたまんま。そうして今どきの若者にしては珍しく身体を全然改造していなかった。顔も身体も産まれた時からずっといじっていなかった。驚くべき事に髪の毛も目も黒いまんま。そうして物凄く字が綺麗だった。気に入ってうちで雇う事にした。(警察には散々制止されたのだけれど)事務所の入り口の看板も彼に書いて貰った。書類も全て書いて貰っている。前はコンピュータの使える女性を雇っていたのだけれど、どうもいけない。目玉屋に電子文字は似合わない。とても不粋だ。まるで目を通す気がしない。困っていた所に現れたサダオカ君。事務所の金を盗もうと深夜、強盗に入った所をたまたま遅くまで仕事をしていた私が捕まえた。本当はキクチコウジと言う名前なのだけれどあまり良い名前だとは思わなかったので何となくサダオカ君と呼んでいる。
「もう、どうしようも無いな。もう私達夫婦は駄目なのだろうか。どう思う?」
 サダオカ君はいつもとろんとしてどこを見つめているのか分からない目をしている。そこが又良いと思う。喋り方も変だ。そこが又良いと思う。
「又カンガ……えが変わる日も来ますヨ」
 うん。そうだと良いと思う。理想の答えだ。
 目玉の入った瓶を鍵付きの棚からそっと取り出す。一番新しく採取した目玉。黒い瞳。生意気で醜い少女の一部だったモノ。ラベルを貼って箱に詰める。タニガワと言う初老の老人に頼まれたものだ。ちらり壁掛の時計に目をやる。もう直取りに来る時間だ。気に入ってくれると良いのだけれど。
 少女の目は世界。世界は少女の目。少女の目を覗くと世界が見える。一つ一つに全く違う世界。世界。世界。
 覗き込んだら一体何が見えるのだろう。目玉は一回使いきり。一度覗くと光りを失ってグヅグヅと腐ってゆく。どんな素晴しい世界も一度きり。
 生意気で醜い少女は見た目は凄く可憐で美しかった。でもそれは作り物の美しさ。改造した美しさ。それは私にとって物凄く醜い。物凄く不快。変わらない事が美しいのに。何故変えてしまうのか。産まれたまんまで良いじゃあ無いか。少女に近寄って目玉を抉る。少女は全く抵抗しない。しても無駄だと分かっているからだ。目玉抉り器を使ってグルリと思い切り良く。思い切り良くやらないと鮮度が悪くなる。それを目玉籠へ入れる。取れるのは左目だけ。世界を宿しているのは左目だけ。何故なのかは分からないけれど。目玉研究者が研究しても研究しても何も解明され無かった謎。世界の謎。少女の謎。今も研究は続いている。
 タニガワと言う初老の老人は何度も礼を言って多めに料金を支払ってくれた。気に入ってくれて本当に良かった。目玉屋をやっていて本当に良かったと思う瞬間だ。
 一度でも目玉を覗いて世界を見てしまうと病みつきになってしまうそうだ。だから私は覗きたくても覗けない。目玉屋をまだ廃業したく無いからだ。この商売を私は結構気に入っている。
「もう、今日は上がっても良いよ」
 黙々と書類を書いているサダオカ君に一言告げると私は帰り支度を始めた。
 余分に貰ったお金で妻にケーキを買って帰る事にした。
トラベルミン