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子瓶
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| 今晩は。今晩は。今晩は。今晩は。今晩は。今晩は。……。…………。 しわがれて聞き取り辛いかん高い声。小さな身体。黒い髪の毛。 ようこそここへいらっしゃいました。ようこそここへいらっしゃいました。 今回ははははぁぁぁぁ……。何のごようですすすかかかかか。 売りに来たんだよ。 それは。それは。それは。それは。…………。 ここへ来る度に君はだんだんおかしな喋り方になってゆくね。 そそそ……そうでしょうか。じじじじじ自分では以前と変わりななななな無いつもりなのですががが。 薄汚れた狭くて暗い階段を下へ下へと下ってゆく。 長い長い長い階段。切れかけた電球の点滅が目に眩しい。僕が知る限りずっと切れかけたまんまだ。 いいかげん取りかえれば良いのに。 そそそ……そうですね。係りの者に伝えてててて……て。 何度聞いた言葉だろう。下へ下へ下へ。 生臭い臭いがする。そう言えば食事の時間だ。今日は誰の番だったのだろう。 僕の番はまだずっとずっとずっと先。多分ね。 今日は何を売ろうかな。もうあまり残っていない。階段を下りきってしまう前に考えないと。 下へ下へ下へ。 前をゆく少年。以前の面影が全く無い。あまり他人に興味を持ってはいけない規則なのだけれど僕は彼に興味を持ってしまっている。 正直ここへも彼に会うために来たようなものだ。 僕はニヶ月に一度位の頻度でここへ来る。通い始めてもうどれ位だろう。 彼は来る度、目に見えてボロボロになってゆく。 以前は綺麗だったボロボロの衣服を身にまとってぎこちない動きでよろよろと僕を下へと導いてゆく。黒い髪の毛も今ですっかり艶を失ってバサバサだ。大きな目があった場所には血のにじんだ布がまかれている。良く通った声もしわがれてかなり聞き取り辛い。 そそそそそういえば……。 彼は突然足を止めた。こちらを振り返る。こちらに顔を向ける。良く見ると顔中傷だらけだ。 え。 驚いた。本当に驚いた。自分から話す事なんて今まで無かったのに。 次がくるるるるるんですよ。 次って何？ 私の次ぎぎぎぎぎですよ。 君はここを辞めるのか? 全部売ります。 え。 全部って？ もうこれじゃあ駄目なので使えないから。そう言われたので終わりです。 じゃあもう会えないね。 そそそそうですすすすすね。 それででででで……これをさしあげままままます。 ポケットから小さな子瓶を差し出す。中には乾いた小さな眼球が二つ。 そうして指を口元に当てて小声で囁いた、 ひひひ……秘密ですよよよ。誰にも言わないで下さいね。あああああなたにあげたいのであげますので貰ってくださいいいいね。 そう言うと又階段を下り始めた。 何とも言えない気持ちになった。次に来た時はもう彼はいないんだと嫌な気持ちになった。こういうのは規則で駄目だと決められているのに。規則を破った罪悪感と非常に残念な気持ち。そうして今まで感じた事の無い気持ち。 本当に残念だよ。 思わず口に出してしまった。 あああああ……有難うううううう。ううう。…………。でででででもそう言う事を口にしたららら。駄目ですすす。罰はとても厳しい。 そうだね。でもとても残念だよ。本当に。 本心からそう思う。いつもは恐ろしい罰の事をその時だけはどうでも良いと思った。そう言うと一寸だけこちらを振り返って一寸微笑んだ。ように見えた。僕の勘違いじゃあ無いと良いのだけれど。 今日は何を売ろうかな。 階段が終わるのは後もう少し。 彼の背中をじっと見つめながらぎゅっと子瓶を握り締める。 |