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俺たちに明日は無い。
 映画で見て憧れて。
 親の言う事を聞かないのを格好良いと思った。滅茶苦茶な生活をする事が格好良いと思った。喧嘩が強いのは格好良いと思った。女にだらしが無いのも格好良いと思った。観た映画が悪過ぎたと言うのもあったけれど、彼が単純なのはもっと悪かった。彼は馬鹿だった。
 彼は家を飛び出した。両親と彼の兄弟は彼を必死で説得したけれど全然効果が無かった。家族が反対するのが物凄く頭に来て、家中の物を滅茶苦茶に破壊した。彼は短気だった。彼は映画の中の登場人物と自分を重ね合わせて物凄く気持ちが良かった。母親が泣いていたけれど、それを見て思った事は、映画でもこうだった。凄い!
 親と兄弟のお金をこっそり持ち出した。彼は勉強は全然出来なかったけれど悪知恵だけは働いた。そうして通りすがりの馬車へこっそりと忍び込んで新天地へと旅立った。乗り心地の悪い馬車の中で彼は希望で燃えていた。
 彼は無駄に喧嘩が強かった。彼は無駄に顔が良かった。彼は無駄に悪知恵が働いた。ほぼ、理想通りの生活が始まった。楽しくて楽しくて仕方が無かった。
 彼は短気で少しでも頭に来る事があるとどんな相手にでも向かって行った。喧嘩に負けてボロボロになる事も少なからずあったけれど、別にどうでも良かった。喧嘩する事に意味がある。彼は女たらしであろうと努力した。顔が無駄に良かったし口が上手だったのでなかなか良い塩梅。
 生活をする金は、自分と同じ田舎から出てきたばかり奴達から巻き上げた。そういった奴達は大抵町の奴達よりもたんまり金を持っていたし、優しい言葉で信用させて裏通りに引きずり込んで少々痛い目を見てもらう。男も女も関係無い。
 彼は町に来てから皆に自分の事をジェンマと名乗った。本当の名前はあまりにも平凡過ぎて全然映画っぽく無かったから。
 ジェンマには本当の意味での友達がいなかった。ほんのちょっとした事ですぐに殴り掛かってきたり、女を取ったり、女を捨てたり、金をだまし取ったり。かけ事でイカサマをしたり。でも、逆らったら何をされるか分らない恐怖から皆表面的には彼に良い顔をしていた。彼に心を許す者は誰もいなかった。実際の所彼は裏切り者には本当に容赦を無しなかった。
 ジェンマの住んでいる家は昔付き合っていた女の家。金を絞り取れるだけ絞り取って女を家から追い出した。そこまでしておきながら彼はその女の事をすっかり忘れてしまっていた。
 ある日、飲み過ぎて生活をする金がつきた。今、女もいなかった。町の汚い路地を何をするでも無くブラブラ歩いている時に、いかにも田舎から出てきました。と、言わんばかりの若者を発見した。大きな荷物と冴えない格好。少し困ったような表情。きょろきょろと町に馴れていない奴達の取る態度。彼は自分の幸運を(教会になんてもう何年も行っていなかったのだけれど)神に感謝した。思わず笑みがこぼれた。
 警戒されないように優しい言葉をかける。黒い髪に青い目。短い髪の毛。そうしてさり気なく、細心の注意を払いながら裏通りへと連れ込む。いつもと同じ。お前の金を全部頂くよ。運が悪かったな。
 そう、言い終える前に顔面を殴られた。狭い路地の壁に叩き付けられ頭を思いきり打った。手を頭の後ろへやると嫌な感じでヌルヌル。顔も嫌な感じでヌルヌル。そのまま地面へ崩れ落ちた。驚いた表情で男の顔を見上げると、
「悪いな。もう、さっき金はお前と同じような奴に全部取られてしまったよ。冗談じゃあ無い」
 その瞬間、ジェンマは彼を気に入った。

 家へと案内して、あり合わせの食事を用意しながら、
「お前、ユルって名乗れよ」
 俺の名前は、と言いかけた彼にジェンマ。何だかそんな感じがする。本名を名乗ったような気がしたけれどジェンマの中で彼はもう、ユルだったので全く覚えて無かったし、覚える気も無かった。
 田舎が嫌で都会に出てきたと、町に来る若い奴皆が言う退屈な話をユルは延々と語った。一生懸命今まで働いてためた金を取られてイライラしていたのでいきなり殴って悪かった。とも。自分が謝られるのは何だか凄くおかしな気がしたのだけれど、ジェンマは凄く嬉しくなって自分の皿からユルの皿へと自分の分の食事を移し替えた。退屈な話も全然退屈なんかじゃあ無く、本当に楽しかった。
「何かデカイ事をしたいと思わないか?」
「全然思わないよ。一体、何だい。それは」
「どうして? お前、わざわざ田舎から都会へ来たんだろう? 田舎では出来ない大きな事をしてみようと思わないのか?」
「俺は仕事を探しに来たんだよ。俺の村は貧しくて」
 それ以上は聞いていなかった。ジェンマにとって物凄く不思議な考え方だった。まさに理解不能。
 ジェンマはユルを知り合いの酒場へと紹介した。店長は申し出を断わるとジェンマが何をしでかすか分らなかったので逆らう事は出来なかった。以前店の中で暴れられて大変な事になった事があった。ユルは真面目だったので店での評判は凄く良かった。
 部屋を借りられるだけのお金がたまるまでジェンマの世話になる事にした。ジェンマがそうしろと言った。それを酒場の何気なしに皆に言うと誰もが信じられないと口を揃えて言った。自分の家へ来い。と言う者さえいた。あいつと関わるのだけはやめておけ。と誰もが言った。ユルはジェンマがそんなに悪い奴だとは思わなかった。
 ある日、店で働く女がユルの事を田舎者だと客の前でからかった。女に全然悪気は無かったし、むしろユルに好意を抱いていた。ユルはそれを全然気にも止めなかった。女は運が悪かった。滅多に店に来ないジェンマがたまたま顔を出していた。ジェンマの動きは速かった。女のそれを聞いた瞬間、突然女に殴りかかった。物が景気よく壊れる音。怒号と悲鳴。固まる空気。ユルは一瞬何が起こったかわからなかったけれど事の重大さに気付いて大急ぎで止めに入った。他の者はジェンマと関わり合いになるのが嫌で誰も動こうとしなかった。止めようとした瞬間、ジェンマはユルを近くに落ちていた酒瓶で思いきり殴りつけた。ユルはテーブルや椅子を道連れに豪快に後へ倒れた。慌てて店の中にいた者達が駆け寄った。
 しばらくは背中と頭の痛みで起き上がれなくて。ふと上を見上げると店の皆を半ば強引に押し退けて、心配そうに覗き込んだジェンマの顔。いつも偉そうにしているのに、悲しそうな顔。何となく、本当に何も考えず、反射的に微笑んだ。そうしたらジェンマは、人目を気にせずボロボロと泣き始めた。ユルはどうしたら良いか分らなくて、本当に全然分らなくて、寝転んだまんま、女の具合は大丈夫かな?と考えた。
トラベルミン