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タカシ
 敬は普通の高校生。家族も普通。両親と兄と敬と四人で一戸建てに住んでいる。敬は高校2年生。明後日から修学旅行だ。
 本気で行きたく無かった。敬には友達がいなかった。別に虐められている訳じゃあ無かったけれど存在感が無い。学校を休んでも敬がいない事を昼休みまでに気付くクラスメイトは多分いない。断言出来る。授業で何人かで組んで作業等をする時いつもいつもみじめな気分になった。教師を本気で恨んだ。皆、仕方が無いから組んでくれる。絶対にそうだ。だから例えば理科の実験の時はなるべく邪魔にならないよう後で見ているだけにしておいた。体育の時なんかは特に最悪だった。運動神経は全然良く無い。だから、思いきり足を引っ張る。運悪く自分と組んでしまった相手に物凄く申し訳無かった。口には出来なかったけれど心の中で思いきり謝った。授業をサボれば良い事かも知れなかったけれど漫画やドラマのように自由に授業を抜け出したりは出来ない。少なくとも敬の学校ではそうだ。そんな事をすれば、すぐさま親を呼ばれて校長室だ。親に友達がいない事が知れるのは死んでも嫌だった。何となく。
 修学旅行の班を決める時、男子の人数は22人。5人の班と6人の班が2つづつ。6人の班2つと5人の班1つはあっさり決まった。後5つ、5人の班1つが問題だった。仲の良い4人と…。そう敬。皆、物凄く露骨に嫌な顔をしてくれた。でも仕方が無かったので組んでくれた。女子の班ははすんなり決まったようだ。(詳しくはわから無いけれど表向きはそう見えた)
 悩んで悩んで悩んで悩んで、何とか何とか病気にならないかと神様にオモイキリ祈ったけれどそうそう上手く行くはずも無かった。
 敬は自分は20歳が寿命だと思っていた。特に理由は無かった。小学生の頃授業中何となく思い付いたのだ。そしてそれは正しいんじゃ無いかと思った。そう思い続けて来た。じゃあ後少しだ。そう思うと何だか気が楽になった。そして後四年。思ったより長かった。でも、もう少し。もう少しだ。そうすればもう嫌な思いをしなくてもすむ。皆大嫌いだった。キャアキャアとうるさい田村と戸田は死んでしまえ。交通事故が良いかな。不良を気取っている鬱陶しい江川達は頭が吹き飛んで死ねば良いのに。不良の癖に学校に来るな。休み時間は一人で退屈だったのでそんな事ばっかり考えていた。大体休み時間なんていらない。早く授業を終わらせて帰りたかった。学校の帰りはわりと楽しみだった。家まで色々なルートがあったから迷いながら色々な道を自転車でゆくのだ。それだけ。敬の毎日の楽しみは学校の帰り道。
 修学旅行の行き先は東京。どうでも良かった。うんざりだった。でもバスから眺める風景は面白かった。見た事の無い風景や建物が沢山。皆、寝て居たけれど。2泊3日の旅行で2日目は丸々自由時間だった。仲の良い四人組は敬に別行動しようときまり悪そうに持ち掛けて来た。わりと律儀なんだなと思って何だかおかしかった。何も言わずにさっさと行けば良いのにどこにでも。勿論2つ返事でOKした。自由時間は朝の8時から夜の8時まで。長過ぎる。そんな事を思うのは自分だけだろうか? まぁ良いか。
 行った事無かったけれど水族館が好きだった。だから書店で探して電車を乗り継いで迷いながら、人に聞きながら何とか辿り着いた。到着した時は嬉しかった。
 少し混んでいて暑かったけれど全然気にならなかった。ゆらゆらとした気持ちになって凄く良い感じ。ここで溶けて消えてしまえたら良いのに。無理なのはわかっているし馬鹿馬鹿しい考えなのもわかっているけれどそうなったら幸せだろうな。気持ちよいだろうな。青くて綺麗で優雅で不思議で凄く凄く凄く凄く…。ずっとここにいたいなと思った。気付いたら何時間も経っていた。一日中でもいたかった。自分の家から近かったら毎日毎日毎日毎日通うんだけれど。
 水族館のある建物から出て少し歩いた所で数学の嶋田に会った。女子に人気があるらしい。何人かの女子が一緒に居た。学年でも目立っている子達だ。川中(敬も可愛いと思う)は本気で嶋田が好きらしく他に誰から告白されても断り続けているらしい。そしてプレゼントを送ったり毎日電話したりしているらしい。自分が知っているのだから学年全員知っているんだろうと思う。勿論、その嶋田も一緒だ。幸せそうに微笑んでいる。一人なのかと聞かれた。ヤバい。ちゃんと班で行動しないといけない決まりなのだ。でも嶋田の回りにいる女子も班行動していないじゃあないか。気分が悪くなったから他の皆には先に帰って貰ったと説明した。わりと自然な理由じゃあ無いかと思った。だったら一緒に行動しようと誘ってくれた。回りの女子は思った通り露骨過ぎる位露骨に嫌がってくれた。だから嫌だったんだ。みじめだった。みじめな気持ちにはいつまでたっても慣れる事が出来ない。いつになれば慣れる事が出来るのだろう。死ぬまでには(後四年しか無いけれど)慣れる事が出来るのだろうか。
 フェイドアウトしようと思ってわざとゆっくり歩いたりしたけれど嶋田は自分に歩幅を合わせてくれた。はっきり言って本気で迷惑だった。
 どこもかしこも凄い人込みで気付いたら嶋田と二人だった。夕御飯は各自ですませるスケジュールだった。嫌な予感がした。同情で一緒に行動されるのなんて死んでも嫌だった。そんな事をされる位なら一人の方がだんぜんマシだった。嶋田は自分に色々な事を話し掛けて来た。黙れ。
 ちょっとオシャレな感じのレストランに入った。わりと込み合っていた。カップルと女同士(OL?)が多い。上品な感じの家族連れもいた。そんな事はともかく今すぐにでも逃げ出したかった。
「石田はいつも一人なんだな」
 言いにくい事を思いきり言うんだな。トモダチガイナインデスヨセンセイ。答えてやった。どうして友達を作らないのかと聞かれた。(ハァ?)チイサイコロカラデキナインデスヨ。サイノウガナイノカモ。ソンザイカンモナイミタイデスシ、ドウデモヨイデスケド。寿命の事も教えてあげた。ダカラモウスコシダカラ、ヘイキナンデス。ガマンシマス。とてもとても悲しそうな顔をした。他にも色々と聞かれたけれど全部答えた。こんなに喋ったのは生まれて初めてかも。嶋田がいちいち悲しそうな顔をするのが面白かった。どうしてだろう。俺の事なんてどうでも良いだろう。本当は気持ち悪いと思っているんだろう。数学嫌いだし。(それは言わなかったけれど)あんまり成績も良く無いし。食事代は嶋田が払ってくれた。一寸、ラッキー。ケッコウタカカッタノニアリガトウゴザイマスセンセイ。ホテルマデハヒトリデカエリマス。イキタイトコロガアルンデス。
 でも結局二人で帰る事になった。
 修学旅行から帰って何ヶ月か経ったある日、学校から帰ろうと自転車に乗ろうとしたら車に乗った嶋田に声を掛けられた。修学旅行からこっち嶋田は廊下等で出会う度に自分に話し掛けて来た。初めは鬱陶しくて鬱陶しくて仕方無かったけれどだんだん嫌な気持ちじゃ無くなって来た。今から帰る所だけど良かったら家に来ないかと誘われた。断る理由が無かった。それと興味があった。教師の住まいに。やっぱり本だらけなのかな?
 車で40分位走ったアパートが嶋田の家だった。こざっぱりしていた。畳敷きの八畳一間。何となくイメージしていたのと違っていた。部屋のまん中に木製のちゃぶ台があった。そうして思った通り本が沢山あった。自分には全く興味の無いジャンルの。本棚を眺めていたらお茶を炒れていた嶋田が興味があるなら持って帰っても良いと言った。そのタイミングが興味が無いと思ったタイミングと全く同じだったので少し笑った。ムズカシソウダカラヨイデスセンセイ。そうしたら数学わからない所があったら教えてやるよと笑って言った。
 嶋田が炒れたコーヒーは美味しかった。インスタントだったけれど今まで飲んだコーヒーの中では一番じゃ無いかと思った。とりとめのない会話をした。時々遊びに来いと言ってくれた。本気の言葉じゃあ無くても何故か嫌な気持ちはしなかった。
 気付いたら六時を回っていた。学校を出たのが2時だから2時間位居た事になる。ソロソロカエリマスセンセイ。その時思いきり腕を掴まれた。驚いてバランスを崩して倒れた。向かい合って座っていたのでちゃぶ台にあごをぶつけて痛かった。コーヒーカップも倒れて飲みかけの嶋田のコーヒーがこぼれる。そのまま引き寄せられて思いきり抱きすくめられた。凄く凄く驚いて混乱しているすきに制服を脱がされた。少し抵抗したけれど嶋田の方が自分より力があると分かった瞬間抵抗するのをやめた。無駄だから。
 敬は女の子とあまり口を聞いた事が無い。と言うか男ともあまり口を聞いた事が無い。誰とも必要必要以上に(例えば連絡事項位しか)口を聞いた事が無いのだ。勿論付き合った事も無い。手を握った事もキスをした事も、当然セックスも。人を好きになった事も無かった。無駄だから。かなわないから。絶対に。誰も自分に興味を示さない。世界はそういう風に出来ているのだ。
 嶋田は色々準備をしていてくれた。良くわからなかったけれど男同士でそういう事をする時には必要な物達。準備もきっちりやってくれた。凄く恥ずかしかった。でも綺麗にしてしないと大変だと説明されたから。行為そのものは痛くて痛くて仕方無かった。でも嶋田は優しかった。多分。他の人とした事が無いから比べられなかったけれど。痛くて痛くて仕方が無かったけれど、自分の事を好きだと言ってくれたのが嬉しかった。だから我慢した。生まれて初めて嬉しかった。
 卒業して板金工場に就職した。雑用ばかりだったけれど仕事は嫌いじゃあ無かった。社員は年をとった人ばかりだったからすごく敬に良くしてくれた。 
 風の噂で嶋田と川中が結婚したと聞いた。嶋田はあの事があって以来自分を避けるようになった。別に何とも思わなかった。そういうのには慣れていたから。だから。全然平気だった。
 今年で19。やっとやっと後一年。長かった。死ぬ間際にはソウマトウ(って何だろう?)のようにそれまでの人生の様々な事が見えるらしいけれど。もし、本当に出来たらで良いのだけれど高校2年生の時の水族館と嶋田の家での事は見えたら良いのにな。最後の望み位は叶えてくれると良いのにな。と神様に少し祈った。
トラベルミン