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スペア
 それを口にした本人は決してそういう意味合いで言った訳では無かったのだけれど。
「あんまり可愛くないね」
 酷く酷く傷付いた。そうして彼を見返す為に見直して貰う為に認めてもらう為に。可愛く、綺麗に、美しく。誰が見てもそう感じる自分になろうと決めた。今まで何となく生きてきたから何か目標が欲しかったのかもしれない。
 顔は勿論、体中を整形した。形やバランスが悪い所は骨を削って整形した。薄い胸にはシリコンを入れてボリュウムを出した。足も伸ばした。骨を斜に切ってボルトで固定する。そういう方法で。痛くて痛くて痛くて痛くて死にそうだった。普通に歩けるようになるにはリハビリが必要だった。そして、走れるようになるまでには(でも元の状態よりは劣るけれど)一年以上掛かった。エステにも通っているし本当に色々やった。辛い事も一杯あったけれど綺麗になりたかったから我慢したし我慢できた。自分にこんなにも強い一面があると思うと少し誇らしかった。勿論、その見返りとしてお金が死ぬ程掛かったが死ぬ気で働いたし今も働いている。今後のメンテナンスにもお金が掛かる。でも別にどうと言う事は無い。働いて働いて働いて働いて働くだけだ。
 彼が好きだった。自分に声を掛けてくれた初めての人だった。自分の話をきちんと聞いてくれた初めての人だった。自分はいつも独りだった。小さな頃から。彼といつも一緒にいたかった。彼には友達が多かった。そして、すでにずっと付き合っている人もいた。その女性の事を自分はあんまり綺麗だとは思わなかったし多分他の人も綺麗だとは思わない。どうして彼がその女性と付き合っているか理解出来無かった。全然つり合ってない。他の人たちは似合いのカップルだと言っていたけれど、自分には全く理解出来無かった。物凄く勇気を必要としたけれど彼に気持ちを伝えた。自分は本当に口下手であんまり思った事がそのまま伝わった事が無かったけれど。だからあんまり喋らないようにしていたけれど、彼はいつも最後まで自分の話しを聞いてくれた。多分いつもいつも独りだったから同情しての事だったにせよ。
 三年半振りに彼に合った。電話で約束を取り付けた。
 ちょっとムードのある喫茶店で待ち合わせた。約束の少し早めについたようで彼はまだ来ていなかった。水を持って来たウェイトレスが自分に見とれている。他の客も自分の事をチラチラ見ている。そう、自分は十分過ぎる程に綺麗なのだ。だから大丈夫。だから大丈夫。絶対に。今度こそ。
 何故自分が呼び出されたのか。それは何となく分かった。そうして待ち合わせた人物を見て驚いた。全くの別人だ。多分絶対に他の人も本人だとは気付かない。物凄く綺麗だった。思わず見とれてしまう程に。でも悪いけれど正直本気で恐ろしかった。だって原形が全く残っていない。ここまでするからにはそれなりの覚悟がいるはずだ。自分は何があってもそんな事は出来無い。絶対に。目が合わなければ、相手が自分に気付かなければ正直このまま引き返した事だろう。でももう遅い。目があってしまったし挨拶されてしまった。そして、その声も以前と違って物凄く美しかった。引き込まれてしまう。今まで生きて来て、その中で見てきた人間の中で多分絶対、一番美しい。
 「前に、可愛く無いねって言ったよね?」だから綺麗になったよ。だからこれで良いかな? はにかみながら話す。どうして良いかわからない。何て答えたら良いかわからない。早く帰りたい。早く早く帰りたい。本当に早く。だから自分にはそんなつもりは無いし前と全然気持ちは変わらない。悪いけど。本当に悪いけど。
 何がいけなかったのかな。努力したのに。本当に努力したのに。どうしてかな。どうしてかな。どうしてかな。考えても考えても全然わからない。わからないけれど駄目なものは駄目なんだ。それはわかる。凄くわかる。だから「だったら仕方が無いね。でも、今日、来てくれて本当に、有難う」笑って言えた。今の笑顔は最高だったはずだ。鏡を見て何度も何度も練習したかいがあった。物凄く哀しいけれど今は泣かない。絶対に。泣き顔はあんまり綺麗じゃ無いから。まだ自信が無いから。絶対に泣けない。少しでも可愛く無いって思われたく無い。綺麗じゃ無いって思われたく無い。少しでも彼と一緒にいたい。いたいのに。彼は少し困った顔をしている。彼が嫌がる顔を見るのは辛い。でもまだ別れたく無い。別れたく無いけれど。これ以上は涙を我慢出来そうに無かったから、これから用事があるからだからこれで。頼んだ紅茶の分のお金を置いてにっこり微笑んで立ち上がった。もう、二度と会う事は無いんだろうな。
 無理しているのがわかった。痛々しい程。全部が全部演技だった。申し訳無いけれどそれ位は見抜ける。流石の自分でも。立ち去った後、暫く色々考えてみる。可愛く無いっていったのはあの子が取った態度についてだった。そういうのはあんまり可愛く無いよ。そういう考えは。多分そういう意味だったと記憶している。今考えるとそれもひどい。そんなに傷付いていただなんて。本当の自分を捨ててしまうだなんて。
 でも、やっぱり、自分は何があってもそんな事は出来無い。絶対に。
トラベルミン